【鎌倉 ショップレポ】サカナヤマルカマ-魚屋の"if"の光景

目次
鎌倉のチベット?
あじさい寺として名高い明月院を左手に折れ、リスが木立で立てる音を聞きながら、先の見通せない七曲がりの急こう配を10分ほど登っていきました。

画像出典:湘南人
視界が開け、ドラえもんやのび太くんたちが出てきそうな、どこか懐かしい静かな住宅地の景色が広がります。

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ここは鎌倉市今泉台。1960年代の高度経済成長期に宅地開発された丘陵地です。
「鎌倉のチベット」と異名で呼ぶ人もいる通り、鎌倉でもっとも空に近いところにある住宅地の1つでいて、他方では高齢化率が約45%と進行し、鎌倉でもっとも高齢化が進む住宅地となっています。
見渡す限り一戸建てが建ち並んでいるばかりで、スーパーはおろかコンビニさえありません。
初めてここを訪れ、この景色を目のあたりにした時、サカナヤマルカマがこの場所で求められている理由を理解できた気がしました。

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こだわりの鮮度と下処理のクオリティ
サカナヤマルカマ(一般社団法人 鎌倉さかなの協同販売所)理事・狩野真実さんに話を聞きました。

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「魚は鹿児島県阿久根市に加え、お隣の長島町、近いところでは小田原からも仕入れています。鹿児島からの荷物は輸送費はかかりますが、鮮度と下処理、丁寧なお客様対応で付加価値をつけています。魚種が多く、どんな魚も無駄にしないのが特徴です」
阿久根は鹿児島有数の港町として知られ、ブランド魚の華(はな)アジのほかタイなどは都内の高級店に卸されています。

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「鎌倉は海がすぐそばにありますが、新鮮な魚が特別手に入りやすいわけではありません。日本には約3000種の魚がいるのに、多くの人が魚を買うスーパーでは養殖や輸入の割合が増えている。もっといろんな魚が食べたらいいのにという思いがある。それが日本にしかない食のあり方だし、豊かさなんじゃないかと思います」

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毎月第一土曜日のキッズデー
年が明けてからの初訪問となったこの日は、2025年2月1日の土曜日でした。
毎月第一土曜日は通常営業しながら親子で楽しめる企画を用意しており、店舗前に工作台が設置されるほか、この日は「マダム」こと元今泉台町内会長にして当店代表・田島幸子さんが「おいしいアラ汁づくり」を実演し無料で振舞っていました。

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11時の開店と同時に待ち構えていた人たちがなだれ込んだとのことで、筆者が訪問した昼過ぎにはすでに売り切れの箱が見られました。

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近くには鎌倉市街が一望できる人気の天園ハイキングコースがあるため、「今朝はハイキング帰りのお客さんがおにぎりを手に、ここでお惣菜を買って食べていた」と田島さんが教えてくれました。

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「魚のいい匂いがする」
お客さんたちのサカナヤマルカマの利用方法は本当に様々です。
大船駅から息子さんと一緒にバスで来たというお母さんに話を聞きました。

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「大船駅からバスで15分かかるので近いとは言い難いのですが、定期的に来ています。魚の新鮮さが違いますし、魚の姿まるままで売られているところがいい。魚ってこういう姿をしているんだということがわかるから。鱗や内臓を取り除いてサクにしてくれるし、調理方法や保存の仕方を細かく教えてくれるのも助かります」
お母さんの隣で、お気に入りだという、店内のショーケースで売られている阿久根のボンタンサイダーを飲んでいた息子さんが付け加えてくれました。
「魚のいい匂いがする」

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散歩途中の母娘に「すみません、トイレをお借りできますか?」と声を掛けられた田島さんが、「もちろん!」とにっこりして裏口へと連れていきました。
その背後では、ハサミと紙皿で魚の工作をしているお子さんの様子を見守りながら、お父さんが揚げたてのサバコロッケをつまみに、鹿児島の芋焼酎をお湯割りで飲んでいました。

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販売されているお惣菜や刺し盛りをつまみに明るい時間から一杯やれる、角打ち付きの魚屋でもあるのです。

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阿久根と鎌倉
すでにお気づきと思いますが、サカナヤマルカマは「魚屋」という呼称から連想する魚屋とは一線を画します。
知れば知るほど、クエスチョンマークが浮かんでくるかもしれません。
そもそも、なぜこんな場所に魚屋を作ったのか?
なぜわざわざ鹿児島から魚を空輸するのか?
なぜ魚屋にキッズデーがあるのか?
それに代表の狩野さんは、もともとアパレル企業出身の営業や企画畑の人と聞いています。なぜ自ら包丁を持って魚をさばいているのか?

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「始まりは2017年」と狩野さんは話します。
地域おこし協力隊として阿久根に滞在していた千葉県出身の石川秀和さんが、地元の高校生2人を連れて鎌倉に視察に来ました。食で起業している人たちを見に行く、という目的でした。

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港町である阿久根にとって水産は永遠のテーマでしたが、水産業者の後継者不足が深刻化していました。
一方の鎌倉は海辺の町で漁業が営まれているにも関わらず、地元で獲れた魚の多くは市外に流出する流通構造になっているうえ、魚屋は高齢化により減っている状況で、新鮮な魚を手に入れるのは容易ではありませんでした。
「魚で阿久根と鎌倉を繋げることで、双方の課題解決の糸口にできないか」

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知り合った2人はこう考え、動きだします。
転がりだすプロジェクト
2017年秋、「鎌倉で鹿児島を楽しむ3日間」というイベントを開催し、阿久根の魚を販売したり、居酒屋を限定オープンして好評を得ました。
つづいて2018年、石川さんが魚の移動販売をすることを考案。狩野さんが鎌倉市役所にニーズがありそうな場所をヒアリングし、七里が浜や山崎などと並んで候補にあがったのが、高齢化により買い物難民を抱える今泉台でした。
3日間の限定で今泉台で阿久根の魚を販売してみたところ、行列ができ、正午を過ぎる頃にはまさかの売れ切れ。
当時の町内会長から「次はいつ来てくれるんだ」と熱のこもった催促がきました。

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「阿久根側は市の事業として予算を組んでやっていたから、そう頻繁には来れず、板挟みに・・・」と苦笑いする狩野さん。
阿久根側で事業化の話が出るも、コロナ渦で思うように進まないなか、鎌倉側の住民で事業化を決意し、クラウドファンディングで開業資金を集め元魚屋を改修。新たにスタッフを募集し、サカナヤマルカマをオープンさせたのは2023年4月でした。

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石川さん(写真左)が阿久根の港近くで営む喫茶店で、当プロジェクトの成果について教えてくれました。同席してくれたのは、同じく阿久根側のキーマンの1人であり、「イワシビル」で知られる下園薩男商店代表・下園正博さん(写真右)です。
「輸送費がのる分、魚の値段はあがりますが、阿久根側ではそれだけクオリティを求められることになるので、水産業者のスキルが向上します。面白いのは阿久根では売れない魚が鎌倉では売れることです。アイゴ、イトヨリダイ・・・」
「今泉台は高齢化が進んでいますが、高齢者の方々は魚との付き合いが長く、おいしい魚を食べたいというニーズが強いので、そこのマッチングがうまくいっている」

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小さな"サカナクン"
ひっきりなしにお客さんが覗きにくるサカナヤマルカマ。散歩の途中だったり、ご近所さんが世間話をしに立ち寄ったり。
特に印象的なのは子供の姿が多いことです。

画像出典:湘南人
「今日はブリがあるよ」
「チョウチョウウオが売り切れちゃってる」
魚に興味津々な子供たちの様子はシュールにも映ります。
「先日は元大学教授と小学生の男の子が店の前で魚談義をしていました。すごい年の差なのに、友達みたいに話しているのが面白かった」と田島さんがくすくす笑いながら話します。「大きな魚を1尾まるごと買っていって、自分でさばく子もいるんです。今泉台では今、小さな"サカナクン"がたくさん生まれようとしています」

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なぜ魚屋なのか
「アパレル畑の狩野さんがなぜ魚屋なのか」という質問に、狩野さんはこう答えました。
「全ては縁と偶然なので、何でハマったのかうまく説明できないのですよね。ただ、とにかく面白くて、難しいです」

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「魚屋は特殊な知識と技術が必要な職業で、設備も必要です。しかし、魚の消費量は年々減っており、以前のように魚も獲れなくなっている。こういう状況で、魚屋をやろうと思う人は多くないですよね」
「色んな縁があって、人に恵まれて、元水産庁の官僚で"魚の伝道師"と呼ばれるウエカツさんのような、すごい人がアドバイザーになってくれている。人手不足の時代に、この魚屋には優秀で個性豊かなスタッフやサポーターが集まってくれている。やればやるほど難しいのですが、だからこそ面白いのかもしれません」

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今泉台のフラッグシップへのアクセスにはなかなか骨が折れます。それでも、北鎌倉の散策がてら、一度訪れてみてはと言いたくなる魚屋です。
ここにしかない光景があるから。想像したこともない、魚屋の"if"の可能性を感じられる魚屋だからです。

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「右肩上がりでなくていい、持続可能であればいい」と狩野さん。ビジネスとしての芽もふくらみ始めているといいます。
梶原山や由比ヶ浜、二階堂などで移動販売を続けている以外に、飲食店や企業イベントへの納品なども始めました。

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「ずっと魚屋を続けたいと思う。うちにしかできないことがあると思うから」と狩野さんは話し、つづけます。
「産地直送、天然魚にこだわるのは、このままの流通、漁業の先にあるものに『それでいいの?』という疑問があるから。魚で産地ともお客さんとも通じているからこそできることがあるはず。楽しい、美味しい、ワクワクする、そういう体験を通して、どういう食のあり方が幸せなのかを考える機会を作りたい」
サカナヤマルカマ
営業時間
11:00〜18:00頃
定休日
月曜日、火曜日、第2第4日曜 ※その他店舗カレンダーによる
移動販売
鎌倉市内各所で移動販売も行っています
- 梶原山エリア 毎週水曜日 11:00-13:00
- 由比ヶ浜エリア 毎週金曜日 11:00-13:30
- 二階堂エリア 隔週木曜日 11:30-13:30
- 西鎌倉エリア 隔週木曜日 11:15-12:00
- 今泉台 毎週水・金曜日 16:00~16:30頃
電話番号
0467-38-7017
支払い方法
現金、カード、QR決済
アクセス
- JR北鎌倉駅より徒歩約25分
- JR大船駅より江ノ電バス「北鎌倉台」下車徒歩2分/車で約15分
住所:鎌倉市今泉台4-12-1
駐車場:あり