【鎌倉 イベントレポ】熊倉涼子 個展「汀の椰子、対蹠のグラスフロート」-奥鎌倉で迷い込む十字路の入り口
奥鎌倉とも呼ばれる昔ながらの景観を残す浄明寺エリア。京急バスの泉水橋で降りて左手のつづら折りを道なりに登った先に古美術ギャラリーQuadrivium Ostium(クアドリヴィウム・オスティウム)がありました。
奥鎌倉で迷い込む十字路の入り口
Quadrivium Ostiumはラテン語で「十字路の入り口」の意。オーナー黒田幸代さんによると、「様々な時代や場所で作られた芸術品が縁に導かれてここに集まり、引き継がれていく」という思いを込めたそうです。
2023年からはもとは生活空間だった自宅の1Fで、若手作家との企画展覧会を定期開催しています。
「古美術と今作られていく現代アートを掛け合わせることで、若い人たちの古美術への間口を拡げられれば」とは、かつてニューヨークで自身も現代アート作家として活動していたプロデューサー黒田貴彦さんの言葉です。
10/31(木)〜11/12(火)、テーマが決まると調査のため文献をあたるというユニークな制作工程で知られる現代アート作家 熊倉涼子さんの個展が開催されています。筆者は熊倉さんのトークショーがある日程に合わせ、11/2(土)の昼過ぎに当地を訪れました。
今回の個展では、熊倉さんがギャラリーのコレクションに着想を得て制作した作品群がお披露目されます。熊倉さんは古美術の品々を何枚も写真に撮り、持ち帰って作品の構想を練ったとのことで、普段は古代の歴史や天体など手の届かないものをモチーフにする熊倉さんにとって、かなりイレギュラーなアプローチだったそうです。
アンティークとコンセプチュアルアートと・・猫穴
本棚、ラバトリー、姿鏡、キャビネットと生活導線のアウトラインが残る空間の余白を埋めるように、熊倉さんの作品が配置されています。
作品単体の魅力とは別に、ギャラリーが保有するアンティークの調度品、内装、オブジェとの調和という目で見ると、また作品の解釈に拡がりが生まれそうです。
コンセプチュアルな作品を読み解こうと夢中になっていて、ふと足元に目を落とすと、ラバトリーの側面に猫穴を見つけました。
作品の配置は搬入後に「アドリブ」で決めたとのことですが、それが「意外とハマった」というのは熊倉さん談です。
交錯する2種類の光と陰影
トークショーが始まるまでの1時間ほど、じっくりと作品を眺めていて気付いたことがありました。
それは光源のこと。
間取りのどの位置にいても必ず大きく切られた窓から差し込む自然光と、部屋の方々でぼんやりと灯る照明の2種類の光が複雑に交錯しています。そのため眺める角度が一歩変わっただけで、作品の印象ががらりと一変することがありました。
赤い色彩1つ取っても、間接照明の暖色では深く落ち着いた色味に見えていたのに、一歩下がって自然光が差した瞬間に血のようなショッキングな色味に変わって迫ってきたり。
この時は霧雨の降る肌寒い午後でしたが、天候による光と陰影によって作品の印象や解釈は大きく変わるのかもしれません。
「物事の理屈を求めるから、よく理系みたいと言われる」
14時に始まったトークショーで、今回の個展で公開された作品群の制作工程が詳らかにされました。
ワイヤーや粘土でオブジェを作り、プロジェクターの光を当て、オブジェと投影された陰影を作品の世界に盛り込みます。
立体造形とそれを取り巻く空間をまるごと平面に落とし込むような不思議な制作工程です。
「完成図はだいたい見えていて、そこに向けてまずは部品を作る」「物事の理屈を求めるから、よく理系みたいと言われる」と熊倉さん。
テーマが決まるとまずは文献をあたるという行動にも繋がる逸話です。
今回の個展ではその"部品"にあたるワイヤーや粘土のオブジェも展示され、制作の裏側に思いを馳せることができます。熊倉さんによると、「ただし今回の展示品の"部品"は1つも置いていない」とのことで、作品の解釈の余地は大事に守られています。
汀の椰子、対蹠のグラスフロート
今回の個展のタイトルは2つのイメージがもとになっています。
1つは、柳田國男と島崎藤村のエピソードで、遠い南国の椰子が日本に流れ着くことに驚いた柳田が藤村に話し、それがきっかけで藤村は「椰子の実」という詩を書きあげたこと。もう1つは外国からの代表的な漂着物であるグラスフロート(浮き球)。
ギャラリーの古美術を見て「時間や空間の境界を超えてふいに流れついた漂着物のよう」と感じた熊倉さんが名付けました。
完成と未完成、制作工程の手跡
トークショーの後にはシャンパンと軽食が振舞われ、熊倉さん、黒田さんご夫妻と参加者たちの自由な質疑応答が楽しまれました。
参加者の中には建築プランナーや陶芸家もいらして、同じクリエイティブ畑での洞察から作品の読み解きや制作意図に関する質問が多く飛んでいました。
たとえば、無造作に拡げられたキャンバス地について。
「完成と未完成を共存させ、制作工程の手跡を残したい」というのが熊倉さんの答えです。
銅鏡の向こう側のライオン
熊倉さんの狙いや制作工程の謎が解けていくにつれ、作品の中からそれまで見えていなかったパーツが次々に浮かび上がってくる印象的な体験をしました。
流れ仏の上にかかる緑のベールの中に若葉が見えてきたり、そのベールを消しゴムで殴り消した背後に神仏分離で破壊される前の鶴岡八幡宮の堂塔が見えてきたり。
中国の錆びついた銅鏡の向こう側からライオンが覗いていたり。
1枚のキャンバスの中に幾重にも重なるイメージが、悠久の時間の中で刻まれた歴史のレイヤーやその過程で紆余曲折を潜り抜けてきた価値観の変遷を想起させ、この場所を訪れて最初に作品群に対峙した2時間前の自分を遠く感じる気がしました。
熊倉さんの足元にはいつのまにか当ギャラリーのコンパニオン的存在にして上述した猫穴の主、スコティッシュフォールドのダンテくんが控えていました。
彼らは時間や空間の境界を超えて
最後に個展に寄せられた熊倉さんのメッセージを引用します。
「Quadrivium Ostiumで様々な地域や時代からやって来た品々を拝見したとき、彼らは時間や空間の境界を超えてふいに流れついた、漂着物のようだと感じました。その中でも私は、どこから来たのか、誰が作ったのか、正確な由来がよくわからないものたちに惹かれました。その多くは、ともすると捨てられ時の流れの中に埋もれてしまっていたのかもしれません。今展示は、そうしたギャラリーのコレクションから着想を得た作品を中心に構成します。」
イベント詳細
熊倉涼子 個展「汀の椰子、対蹠のグラスフロート」10/31(木)〜11/12(火)・11/6休
■熊倉涼子プロフィール
1991 東京都生まれ
2014 多摩美術大学美術学部絵画学科油画専攻卒業
[受賞、その他]
2021 第34回ホルベイン・スカラシップ奨学生
2019 群馬青年ビエンナーレ 入選
2017 FACE2017損保ジャパン日本興亜美術賞 入選
2014 多摩美術大学卒業制作展 福沢一郎賞
2013 平成25年度 日本文化藝術財団奨学生
2011 第47回 神奈川県美術賞準大賞
ギャラリー詳細
Quadrivium Ostium(クアドリヴィウム・オスティウム)
■営業時間: 11:00〜17:00(水曜定休・ほか不定休)※完全予約制
■Tel:080-5430-6641
■Mail:s.kuroda@quadriviumostium.com
地図
〒248-0003 2
神奈川県鎌倉市浄明寺5-4-32
関連リンク
Quadrivium Ostium HP
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